6億分の1の希少細胞を分取する

マイクロ・ナノシステム工学専攻 特任准教授
益田 泰輔

 近年、血液中から特定の細胞を分離・回収することで、がんを始めとした様々な病気の早期診断が可能と言われています。とりわけ、がんは、原発巣から血液等を介してがん細胞が全身へと回り、転移巣が形成されることが知られており、この血液中を循環するがん細胞、いわゆる血中循環がん細胞(Circulating Tumor Cell:CTC)を迅速に調べることができれば、転移がんの早期発見や治療効果の検証に役立つとして期待が高まっています。しかし、CTCは約60億個の血液細胞(赤血球や白血球など)のうち、わずか数個しか存在せず、その希少さゆえ、既存技術では効率よく分取できずに、臨床研究との関連付けが難しい状況です。

 我々の研究室では、血液から不要な血液細胞を連続的に排除し、CTC等の特定の細胞を分離する技術(1細胞分離技術)、また、分離した細胞を単一細胞レベルで回収する技術(1細胞回収技術)を確立し、これらを組み合わせた「希少細胞ソーター(図1)」を開発しています。1細胞分離技術は、オリジナルのマイクロ流体チップを用いて、気液界面(メニスカス)に生じる力と、細胞のサイズ差を利用して分離します。マイクロ流体チップは、図2のとおり、無数のマイクロポスト(直径18µm)を備え、そのマイクロポストの隙間(7µm)で特定の細胞を捕捉します。その後、捉えた特定細胞を画像検出し、マイクロマニピュレータとマイクロピペットによる1細胞回収技術により、自動回収します。前臨床試験として、肺転移マウスCTCモデルの血液を用いた細胞分離実験では、平均90.6%の高い捕捉率でCTCの分離に成功しています。また、細胞回収後、RNAの品質評価(ダメージ評価)を行ったところ、回収前と比較してRIN(RNA Integrity Number)が同等であることから、分離・回収による細胞へのダメージは無く、RNAの品質が良好であることを確認しています。

 1965年、Mack Fulwylerがフローサイトメトリー法によるセルソーターを開発して以来、革新的な発展を遂げてきたフローサイトメーターが、現在の細胞分離の主流です。しかし、陽性率0.0001%(100万分の1)が細胞分取の限界で、超希少な細胞に対しては信頼性が低いといった課題があります。また、フローサイトメーターでは1本の細い閉鎖空間に高圧負荷で細胞を導入させるため、高速処理と高い細胞生存率を同時に満たせるものは未だ登場していません。一方で、我々の確立した細胞分取技術は、開放されたマイクロ流体チップ上に細胞を展げるため、細胞を迅速(全血5mL/30分、従来の4〜6倍)に、ロスなく(約6億分の1)、さらにはダメージ少なく(生存率90%以上)分離することを達成しています。そのため、希少細胞の検出感度を大幅に向上し、さらに、従来できなかった生きたままの解析等を可能にし、解析手法・解析精度の飛躍的な向上が期待されます。

 今後は、既に始めている乳がん患者の臨床試験を更に展開させると同時に、iPS細胞や特殊な血球細胞等のがん細胞以外の希少細胞の分取に取り組み、応用範囲の拡大を目指します。

図1 希少細胞ソーター:希少細胞を生きたまま単一細胞レベルで分取するシステム

図2 血液からがん細胞(CTC)を分取するコンセプト

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