Hara Takeshi原 武史

工学研究科 応用物理学専攻 博士後期課程3年
  • 1997年生まれ
  • 2022年3月 名古屋大学工学研究科 博士前期課程修了
  • 2022年4月 名古屋大学工学研究科 博士後期課程進学
  • 2024年4月 日本学術振興会 特別研究員(DC2)採用
原 武史

実空間から迫る化学結合の真の姿

高校の化学で学ぶように、分子は複数の原子が化学結合を介して集まることで形成されることが知られています。化学結合の概念自体は、量子力学の誕生後間もなく1930年代頃にLinus C. Paulingらによって確立され、化学を初めとして今日の基礎科学の基本原理として認知されています。昨今では有機合成技術の発展によって、多種多様な機能性分子が合成され、化学結合も従来の枠組みを超えた多様性が示唆されています。このように化学結合は多くの研究者にとって慣れ親しんだ概念であると同時に、新物質の合成指針や特性を理解するための強力なツールでもあります。しかしその一方で、化学結合が実空間でどのように形成されているかを微細な分解能で実験的に観測された例はありませんでした。

そこで我々は放射光X線回折実験と研究室で独自に開発した価電子密度解析手法の組み合わせによって、分子内の化学結合を可視化することに挑戦しました。

実験はSPring-8と呼ばれる大型の放射光実験施設で行っています(図1)。この施設では、研究室に設置されている一般的なX線源と比べて10億倍も明るいX線を利用することが可能であり、化学結合に関わる電子密度分布の微細な構造を明らかにするためには、こうした放射光施設の利用が必須です。また、本研究室で開発された価電子密度解析手法「コア差フーリエ合成法」は、従来のX線回折では観測不能であった化学結合や物性に直接関わる価電子密度分布を、放射光X線の回折データから抽出するという画期的な解析手法です。最も単純なアミノ酸であるグリシン分子を対象とした価電子密度解析の結果を図2に示します。一般にイメージされるような分子全体に滑らかに分布する描像とは異なり、細部が途切れた複雑な構造をもつ価電子密度分布が得られました。これらの微細な構造は実験のノイズではなく、量子力学的な考察から波動関数に由来した本質的なものであることを突き止めました。また、共同研究者による最先端の量子化学計算と比較したところ、両者は見事な一致を見せ(図2)、化学結合の実空間の真の姿を実験的に明らかにすることに成功しました。今後はこの手法の信頼度をさらに発展させ、機能性分子の複雑な化学結合の理解や反応メカニズムの解明に貢献できるように研究を進めていきます。

図1 (a)大型放射光施設SPring-8の航空写真。(b)実験ホール内部の様子。(出典:理化学研究所)

図1(a)大型放射光施設SPring-8の航空写真。(b)実験ホール内部の様子。(出典:理化学研究所)

図2 実験価電子密度分布と理論価電子密度分布の比較

図2 実験価電子密度分布と理論価電子密度分布の比較。

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