温度差で発電する導電性ポリマー
―性能向上に向けた分子設計の勘所―

応用物理学専攻 助教
田中 久暁

プラスチックの一種である導電性ポリマーは、軽量・安価かつフレキシブルな電子材料として、エレクトロニクス分野への応用が期待されています。特に、人体への毒性が低く、大面積の薄膜作製を溶液から簡便に行える特性を生かし、人体と外気の温度差から発電する「ウェアラブル」な電池(熱電変換素子)の開発が期待されています。この技術が実現すれば、近年注目されるモノのインターネット(IoT)社会に向け、必要とされる膨大な数の電子機器やセンサーへの電源供給を細やかに行える大きな利点があります。一方で、ほとんどの高分子材料の熱電発電性能は低く、性能向上が大きな課題となっています。

熱電変換素子は、温度差により材料に起電力が発生するゼーベック効果を用いて発電します。その発電性能(P)は、ゼーベック係数Sと電気伝導率(σ)の積で記述されます(P=S2σ)。Pは温度差1Kあたりの発電電力に相当し、P増大に向けた材料開発は重要な課題です。一方、ポリマー材料では、無機材料で蓄積された材料開発指針の多くが直接適用できません。その原因は、図1(a)に示す薄膜の不均一な構造にあります。一般に、ポリマー薄膜には分子配列が揃った結晶領域と非晶質の境界領域が混在し、電荷輸送は境界領域に強く影響されます。そのため、Sやσ、Pを向上させる材料設計の見通しをつけるのが困難となります。

我々は最近、電気化学的なドーピング手法により、電荷濃度を広範かつ連続的に制御しつつSとσを詳細に調べる技術を確立し、結晶性の高いポリマー材料PBTTT(図1a)の電気伝導および熱電変換特性を調べました[1]。得られたドープ膜は室温で600 S/cmを超える高いσを示すと共に、σが低温で増大する金属的な電気伝導性が観測されました(図1b)。さらに、金属伝導の発現と同期してPは明確なピークを示しました(図1c)。金属化に伴うPのピークは無機材料ではしばしば見られ、特性最適化の指標となりますが、ポリマー材料で明確に観測されたのは本例が初めてとなります。

それでは、なぜ非晶質の境界領域を含むポリマー薄膜で金属的な伝導・熱電特性が実現したのでしょうか?密度汎関数(DFT)法を用いてPBTTT分子の構造計算を行った結果、中性状態では分子のねじれが大きいのに対し、ドープ状態ではねじれが解消し高平面化することが分かりました(図2)。この分子平面性の向上により、結晶領域間が電気的に高効率に連結され、微小な結晶領域内部で実現していた金属的な特性が表面化したと考えられます。この結果は、電荷輸送や熱電特性などの巨視的な素子機能が少数の連結分子に大きく影響され、連結分子の分子設計が素子高性能化の鍵を握ることを示しています。現在、分子平面性の高いポリマー材料に注目し、実際に電気伝導特性[2,3]や熱電変換特性[4]の制御が可能であること示すとともに、より高性能の熱電変換素子の作製に取り組んでいます。

[1] H. Tanaka et al., Sci. Adv. 6, eaay8065 (2020).
[2] H. Tanaka et al., Commun. Phys. 2, 96 (2019).
[3] H. Tanaka et al., Adv. Funct. Mater. 30, 2000389 (2020).
[4] K. Kanahashi et al., Phys. Rev. Research, Accepted.

図1 (a)高分子薄膜の構造模式図とPBTTTの化学構造、(b)σの温度依存性(VGはゲート電圧)、(c)室温におけるPのσ依存性。金属転移近傍でピークを示す。

図2 左図:中性、および正孔ドープ状態におけるPBTTT分子鎖の最適化構造(DFT計算)とユニット間のねじれ角。右図:連結分子を介した隣接結晶領域への電気伝導の模式図(赤線は連結分子)。連結分子のねじれが大きいと結晶間伝導が阻害される。

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