表面不安定現象を積極的に利用する

機械システム工学専攻 准教授
永島 壮
機械システム工学専攻 准教授 永島 壮

軟質基板に密着した薄膜に面内圧縮応力が作用すると、膜表面に凹凸パターンが自律形成します。これは、座屈という不安定現象が根本原理であり、形成する凹凸パターンの幾何形状や寸法は、膜と基板の弾性特性や寸法、応力状態などに応じて多様に変化します。このような表面不安定現象は、私たちの身の回りに遍在し、実験でも容易に観察されます。たとえば、エラストマー基板に密着した硬質薄膜を圧縮すると、図1に示すような種々のしわパターン「リンクル」が形成し、形態に応じてストライプ、ラビリンス、ヘリンボーンなどに分類されます。その利便性と安全性から、表面不安定現象は、環境に配慮したボトムアップ微細加工技術としての応用が注目されています[1]。さらに、近年の研究から、腸や脳などの器官表面に観察される凹凸パターンの形成においても表面不安定現象が重要な役割を果たすことが明らかになってきました[2、3]。

このような状況のなか、私たちのグループでは、リンクルが他の凹凸パターンへと変態する現象に着目した研究を推進しています(図2)[4-7]。具体的には、隣接リンクルが折り畳まれて形成する「フォールド」やリンクルの局所隆起により形成され高アスペクト比(高さ/頂点間距離)に特徴づけられる「リッジ」などを対象に、パターン変態の制御機構解明と機能表面・デバイス開発への応用を目指した取り組みを展開しています。特に近年は、固体流体連成問題というマルチフィジックス系の研究課題に注目しています。たとえば、リンクル表面に水滴が接触すると、固液気三相境界線(コンタクトライン)近傍でリンクルが局所変形する現象を顕微鏡その場観察実験で明らかにしました[5]。水の表面張力がパターン変態の駆動源であり、既存技術では実現困難なリンクル・フォールド共存パターンを容易に獲得できることを示しました[6]。また、生物が恒常的に接触する水をパターン変態の駆動源とする点において、先行研究で看過されてきた器官パターンの形成における水の影響を解明する一助となり得ます。リッジに係る研究では、DNA溶液の毛管架橋現象を制御することにより、主要寸法がシングルナノメートルオーダーの一次元構造体をアレイ化することに成功しました[7]。ナノ材料の誘導自己組織化を基本原理とする本研究成果は、ナノ部素材をボトムアップ創製する新規微細加工法の構築に結びつく可能性を秘めています。

以上のように、薄膜と基板から成る薄膜基板構造体の表面不安定現象は、基礎と応用の両面において重要な研究課題と位置づけられます。しかし、依然として未知の点が多く、その全貌解明に向けた研究が国内外で精力的に展開されています。私たちの研究グループでも表面不安定現象に係る研究を更に発展させ、世界に向けて新たな知見を発信していきたいと考えています。

[1] Q. Wang and X. Zhao, MRS Bull. 41 (2016) 115–122.
[2] A. E. Shyer, T. Tallinen, N. L. Nerukar, Z. Wei, E. S. Gil,D. L. Kaplan, C. J. Tabin, L. Mahadevan, Science 342 (2013) 212–218.
[3] T. Tallinen, J. Y. Chung, F. Rousseau, N. Girard, J.Lefèvre, L. Mahadevan, Nat. Phys. 12 (2016) 588–593
[4] S. Nagashima, H. Ebrahimi, K.-R. Lee, A. Vaziri, M.-W.Moon, Adv. Mater. Interfaces 2 (2015) 1400493 (7pages).
[5] S. Nagashima, H. D. Ha, D. H. Kim, A. Košmrlj, H. A.Stone, M.-W. Moon, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 114(2017) 6233–6237.
[6] S. Nagashima and A. Nakatani, Langmuir 37 (2021)5282–5289.
[7] S. Nagashima, S. M. Yoon, D. H. Kim, A. Nakatani,M.-W. Moon, Adv. Mater. Interfaces 9 (2022) 2102243(8 pages).

図1 代表的なリンクルの顕微鏡画像

図1 代表的なリンクルの顕微鏡画像

図2 国際学術雑誌のカバーに選出された最近の研究成果

図2 国際学術雑誌のカバーに選出された最近の研究成果

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