電気流体力学現象を用いた高温・極寒の宇宙環境に耐える熱制御技術の開発

近年、宇宙開発において特に月探査の開発競争が激しくなっています。米国を中心に日本も参加する月探査の国際プロジェクト「アルテミス(Artemis)計画」では、月周回軌道における宇宙ステーション「ゲートウェイ」の建設や、有人の月面探査車による月面活動拡充などが計画されています[1]。
月では2週間ごとに昼と夜が入れ替わり、月面ローバは昼の太陽光が当たる時は100℃、夜の陰になる時は-190℃と、大きな温度差の環境の下で活動することが求められます。月面ローバには、ミッションを行うための電子機器やバッテリー等が搭載されており、これらを適切な温度に維持する必要があります。昼は月面ローバが活動するため、電子機器は発熱します。宇宙空間では空気がないため、この電子機器の発熱を積極的に冷却、放熱しなければいけません。一方、極寒の夜は電子機器が冷えすぎないように外の環境から断熱して保温しなければいけません。すなわち、昼夜をまたぐような長期的な月探査を行うには、昼の放熱、夜の断熱を切り替えることができるヒートスイッチ技術が必須となります。さらに、月面ローバは地球から持ち込んだ電力および太陽光を主なエネルギー資源としており、使用可能なエネルギーが限られているため、省エネルギーで行うことも同時に求められます。
そこで本研究では、省エネルギーでヒートスイッチができる熱制御デバイスの開発をしています。無電力で高効率な放熱ができるループヒートパイプ(LHP)[2]と低消費電力で冷媒の流動を制御可能な電気流体力学(EHD)ポンプ[3]を組み合わせることで、昼は無電力で電子機器を冷却し、夜は低消費電力で極寒環境との断熱ができるこれまでにない新しい熱制御デバイスを考えました。図1に開発したデバイスの動作の概略を示します。デバイスはLHPの液管部にEHDポンプが組み込まれています。昼はEHDポンプはオフの状態であり、LHPは通常動作し、月面ローバ内部の発熱を蒸気でラジエータに輸送し、ラジエータから宇宙空間にふく射で放熱します。蒸気は液に凝縮し、月面ローバ内部にある蒸発器に戻り再度吸熱します。この作動流体の循環は蒸発器の多孔体で発生する毛細管力によって行われるため、電力は不要となります。極低温環境となる夜においては、電子機器を保温するためにヒータ等で加温しても、LHPの動作により電子機器が冷えすぎたり、大きな電力が必要になります。そのため、EHDポンプによりLHPの流れとは逆方向に圧力をかけることでLHPの流動を止め、断熱ができます。本研究では、新たにEHDポンプを開発し、JAXAの保有するLHPに組み込んで実験室環境で試験(図2)を行い、EHDポンプを動作させることによってLHP動作を停止させることに成功しました[4]。実際の試験では、EHDポンプの消費電力は30mW以下でした。月面ローバに実際に搭載するには、月探査で想定される様々な環境での試験やデバイスの改良が今後必要です。
本研究はEHD技術をLHPの流動制御に適用した一例ですが、EHDは熱伝達率の高い、液体強制対流と沸騰・凝縮などの相変化を伴う熱輸送に適用可能であり、無重力下での新しい熱流体制御技術としてのポテンシャルが十分にあると考えられます。これからもその可能性を追求していきたいと考えています。
[1] 下斗米一明、「アルテミス計画」とは、UchuBiz,
https://uchubiz.com/article/fea39872/
[2] 長野方星、宇宙用ループヒートパイプの高機能化へのアプローチ、日本機械学会熱工学部門ニュースレター、No.70, 2013.
https://www.jsme.or.jp/ted/NL70/TED-Plaza_Nagano.htm
[3] P. Atten and J. Yagoobi, Electrohydrodynamically induced dielectric liquid flow through pure conduction in point/plane geometry, IEEE Transactions on Dielectrics and Electrical Insulation, 10 (2003) 27-36.
https://doi.org/10.1109/TDEI.2003.1176555
[4] M. Nishikawara, T. Miyakita, G. Seshimo, H. Yokoyama and H. Yanada, Demonstration of heat switch function of loop heat pipe controlled by electrohydrodynamic conduction pump, Applied Thermal Engineering, 249 (2024) 123428.
https://doi.org/10.1016/j.applthermaleng.2024.123428

図1 月面ローバに搭載された本熱制御デバイスの昼夜の動作の様子

図2 開発した熱制御デバイスの写真(提供:JAXA)