分子編集戦略に基づく機能性分子の創出

私は有機化学を専門としています。有機化学とは、石油などから直接得られる低分子量の原料を逐次的に変換することで、私たちの生活に役立つ物質を生み出す学問です。このような過程はしばしばレゴブロックに例えられます。この例えは、分子という"ピース"を巧みに繋ぎ合わせることで面白い形や機能を創造する学問にとって、まさにうってつけでしょう。ただし、この比喩は同時に、有機化学が潜在的に分子どうしの結合形成に基づくことも意味しています。では、このような固定観念から少し視点を変えてモノ作りを行うと何ができるでしょう。これが私の研究における問いです。
有機分子の中でも、ベンゼンやナフタレンのようにsp2混成炭素を主たる構成要素とする分子(専門的にはπ共役分子と呼ばれます)は、プラスチックや液晶などの身の回りにある材料の重要な構成要素です。加えて、π共役分子は、有機エレクトロニクスや光線力学療法、バイオイメージングといった次世代材料においても機能の根幹を担っています。したがって、特異な機能を有する新規π共役分子の創出は重要な研究課題です。
私は、π共役分子の骨格内部を未踏の物質探索空間とみなす独自視点のもと、新しくて面白い、そして、世の中の役に立つ(かもしれない)、π共役分子の創出に取り組んでいます。例えば、私は「元素の挿入」という分子設計に基づきプリンテッドエレクトロニクスに貢献する新技術を開発しました(図1)[1]。ペリレンビスイミドという分子は高性能なn型有機半導体として機能するため、エレクトロニクス材料としての利用が期待されています。しかし、この分子は各種有機溶媒に対してほとんど溶解しません。そのため、薄膜作製には真空蒸着法による大掛かりな製造プロセスが必要であることが課題でした。これに対し、私はペリレンビスイミドの骨格内部に硫黄原子を挿入した分子を創出しました。この分子は各種有機溶媒に可溶で、かつ、加熱によって内部の硫黄を脱離し容易にペリレンビスイミドへ変化します。この特性を活かせば、溶液塗布後に加熱するという簡便な操作で、n型有機半導体薄膜を作製することが可能となります。また最近では、私は分子骨格内部における「結合の開裂」という操作によって、従来の結合形成に基づく有機合成化学では構築が困難であった8の字型にねじれた分子構造を簡便に構築できることを実証しています(図2)[2]。さらに、この分子を用いることで、3D ディスプレイ用の発光素子として有望な新材料の創出にも成功しました。また、論文は未発表ですが、この8の字型という新たな"ピース"を用いることで、様々な分野で革新的な材料が創出できるという知見も得ています。今後はこれらの成果をまとめて、公表していく予定です。
- [1] S. Hayakawa, et al., J. Am. Chem. Soc. 142, 11663‒11668 (2020). doi: 10.1021/jacs.0c04096
- [2] R. Yoshina, et al., J. Am. Chem. Soc. 146, 29383‒29390 (2024). doi: 10.1021/jacs.4c07985
図1 元素挿入戦略による可溶性前駆体の開発
図2 結合開裂戦略による8の字型分子の簡便合成