Kitou Shunsuke鬼頭 俊介

工学研究科 応用物理学専攻 博士後期課程3年
  • 1993年生まれ
  • 2017年3月 名古屋大学工学研究科 博士課程(前期課程)修了
  • 2017年4月 名古屋大学工学研究科 博士課程(後期課程)進学
  • 2017年11月 〜2019年9月 
    分子科学研究所 物質分子科学研究 電子物性研究部門 特別共同利用研究員
  • 2019年4月 日本学術振興会 特別研究員(DC2)採用

放射光X線を用いた物質の軌道状態の直接観測手法の確立

物質の性質(物性)は原子が有する“電子の自由度”と“その空間配列(結晶構造)”によって支配されています。電子は「電荷」「軌道」「スピン」の3つの自由度を持ち、これらが複雑に絡み合うことで高温超伝導や電気磁気効果などのエキゾチックな物性が実現します。これらの物性の異方性を支配する自由度が「軌道の自由度」です。軌道とは電子の量子力学的な空間分布であり、いわば「形の最小単位」と捉えることが出来ます。電子が持つ3つの自由度の中でも「電荷」、「スピン」は外場に直接応答するため、その性質を測定することは比較的容易です。一方で、「軌道」の情報を抽出する手法は電子スピン共鳴や共鳴X線散乱などいくつか提案されていますが、得られる空間・運動量情報は非常に限定的です。物質の軌道状態を直接的に観測することができれば、物性物理学のブレークスルーになるだけでなく、応用材料の設計・開発への貢献も期待できます。

この手法として、私たちは超精密X線回折実験に注目しました。X線回折とは結晶中の電子の散乱現象を用いており、一般には実験室系のX線装置を用いると物質同定に必要な“結晶構造”が決定できます。一方で、原理的にはX線回折で得られる回折データを逆フーリエ変換することで電子密度分布を得ることができますが、実験的な精度や解析における数学的な限界から、物質の軌道状態の情報を直接抽出することは困難でした。そこで、本研究では世界に誇る大型放射光施設SPring-8の高品質・高分解能なX線を最大限に生かした、コア差フーリエ合成(CDFS)法による電子密度解析を新たに提案しました。

CDFS法とは、原子の持つ電子が周辺の原子とほとんど相互作用しない内殻電子と結合や外場に応答する価電子とに分離して解析する手法です。分離する方法は電子雲の空間的な広がりによるX線の散乱能の違いに注目するだけなので、精密な測定データが得られれば誰にでも解析可能です。このCDFS解析を用いることで、様々な物質の軌道状態を直接的に観測することができます。例えば、炭素原子のみで構成されるダイヤモンドは価電子による共有結合という非常に強固な結合をもち、高い硬度を示します。このダイヤモンドについて、従来の電子密度解析の結果を図1(c)に、CDFS法による電子密度解析の結果を図1(d)に示します。従来法では電子密度分布が非常に乱れて原子間の結合は見分けられません。一方、CDFS解析結果からは共有結合の様子がはっきりと観測できます。他にも、分子性結晶における空間的に広がった分子軌道の観測や(図2)、遷移金属酸化物における局在した原子軌道の観測にも成功しています。

今後は、今まで直接的に見ることが出来るプローブがなかったために、実験的な観点からは積極的な議論が困難であった軌道自由度に関する物理学が発展するための1つの手段として、このCDFS法が広く活用されることを期待します。

図1 (a)ダイヤモンドの写真。(b)ダイヤモンドの結晶構造。(c)従来法の電子密度解析結果。(d)CDFS法による電子密度解析結果。

図1 (a)ダイヤモンドの写真。(b)ダイヤモンドの結晶構造。(c)従来法の電子密度解析結果。(d)CDFS法による電子密度解析結果。

図2 (a)TMTTF分子の分子構造。(b)CDFS解析によって得られたTMTTF分子の分子軌道分布。結合性軌道であるC=C間では濃い電子密度が存在し、反結合性軌道であるC-S間は節になっている。

図2 (a)TMTTF分子の分子構造。(b)CDFS解析によって得られたTMTTF分子の分子軌道分布。結合性軌道であるC=C間では濃い電子密度が存在し、反結合性軌道であるC-S間は節になっている。

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