微細領域の世界を変革する光電子ビームの研究開発

シンクロトロン光研究センター 特任准教授
西谷 智博

微細領域における観測・加工の基盤技術である電子ビーム

 電子ビームは、微細領域における観測や加工の技術基盤となっており、電子ビームを利用した機器は、学術だけでなく産業においても広範な分野に貢献しています。

 例として、無機物から生体分子まで分子・原子レベルの観測・解析を可能とする電子顕微鏡、IoT技術を支える集積回路用の半導体検査装置や電子線描画装置から、近年ではエンジニアリング分野で金属3Dプリンターなどへの応用が挙げられます。これまで電子ビーム利用機器は、要素技術の高度化と周辺技術の進歩の積み重ねで、観測と加工技術をより微細な領域へと拡張させてきました。

 今日、社会のIoT化の加速に伴い集積回路には複雑化と大量生産が求められ、電子顕微鏡では液中など様々な環境下の試料の動態や反応の観測範囲の拡張が要求されるなど、電子ビーム利用機器は高度化だけでない多様な展開に迫られています。電子ビーム利用機器では周辺・要素技術が進歩する一方で、既存の電子源の多くは、エジソン効果を用いた熱型かショットキーやトンネル効果を用いた電界放出型に限られています。電子放出の原理から刷新する技術革新は、電界放出型が登場した45年も前であり、今日の高度かつ多様化する電子ビーム利用機器の要求に対して、既存技術の電子源は原理上の性能限界を迎えつつあります。

光・半導体・負電子親和力表面の組み合わせで生成される光電子ビーム

 熱型や電界放出型とは電子放出原理から異なり、フォトカソードでは固体内の電子を光励起により電子を引き出す光電効果を利用します(図1中)。その特徴は、光量に応じて電子の量を調整できるだけでなく、パルス光でパルス電子ビームを、照射光の形状変化で任意の可変電子ビームなどが得られます(図1右)。特に電子源材料に半導体を利用した半導体フォトカソードは、アルカリ金属蒸着で負の電子親和力状態の機能性表面が得られるため、半導体のバンドギャップエネルギーの光照射で電子ビームが生成できます。それゆえ、赤色半導体なら赤色の光で、青色半導体なら青色の光で電子が生成されるだけでなく、内部で電子スピン状態の制御した半導体に円偏光の光照射でスピン偏極した電子まで生成可能です。

 つまり半導体フォトカソードは、電子ビームの時間や空間構造の調整、運動量分散やスピンなどの電子の性質の制御など、これまでにない高度さと多彩さを兼ね備えています。

ショット撮像電子顕微鏡の実現から研究成果の事業化への展開

 しかしながら、従来の半導体フォトカソードは表面機能の維持が困難で、電子ビームを発生する電子銃装置が複雑で重厚長大であることが産業利用上の障害でした。これまでに私たちは表面機能の維持のために、半導体材料そのものの改良に着目したGaN系半導体フォトカソードの研究開発により、従来のGaAs系半導体を20倍上回る高耐久化を達成しました。

 更に、電子銃装置の開発にも取り組み、電子銃の心臓部である電極を独自に考案した構造に置き換えることで、サイズ・重量を劇的なコンパクト化に成功しました。

 半導体の高耐久化と装置のコンパクト化のブレークスルーにより、半導体フォトカソード電子銃が汎用の電子顕微鏡へ搭載可能となりました。これまでにこの新型電子顕微鏡では、従来不可能であった動く試料のブレのない撮像を高密度パルス電子ビームにより成功しています(図2)。この電子ビーム利用機器への展開の成功から、半導体フォトカソードの技術の事業化にも自ら参画し、研究開発型の大学発ベンチャー企業を設立しました。大学における基礎・応用研究と大学発ベンチャー企業での応用・事業開発の連携で、半導体フォトカソードの可能性を最大限引き出します。

 半導体フォトカソードによる観測・加工技術の革新で、私たちが見たことのない新しい微細領域の世界を切り拓きます。

図1 既存技術の電子源(左)と半導体フォトカソード電子源からの電子 図2 透過型電子ビーム(中)、これまでに青色半導体(InGaN)から生成した多彩な電子ビーム(右

図2 透過型電子顕微鏡へ搭載した半導体 フォトカソード電子銃による動くカーボングリットホルダーの撮像結果:従来技術の直流ビーム(左)とパルス電子ビーム(右)

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