酸化物ナノワイヤを使って尿からがんを診断する
日本人の生涯がん罹患率は50%になると言われており、現在、3人に1人の日本人ががんによって亡くなっています。がんは早期の治療が重要であり、がんを早期に発見して治療を行うためにも、定期的ながん診断が必要となります。現在のがん診断は、内視鏡や針などを用いて採取した腫瘍組織を分析するバイオプシーが主流となっています。しかし、バイオプシーは患者への負担が大きく、がんの定期診断への適用は難しいという欠点があります。バイオプシーの代替として、体液中に含まれるがん関連物質の分析によりがん診断を行うリキッドバイオプシーが注目されております。リキッドバイオプシーは体液を用いるため、侵襲度や患者の負担を抑えつつ、定期診断によるがんの早期発見の可能性を秘めています。体液の中でも、尿は非侵襲で患者から定期的に採取することが可能であるため、リキッドバイオプシーに適した体液であると言えます。
尿の中には、各種細胞から放出される直径40-1,000nmの脂質二重膜で囲まれた微粒子である細胞外小胞体が含まれています(図1)。細胞外小胞体は、生体機能を制御するマイクロRNAを内包することが知られています。非がん患者とがん患者のどちらの体液中にも細胞外小胞体は含まれており、両者の間で内包されるマイクロRNAの種類が異なることが報告されています。細胞外小胞体に内包されたマイクロRNAは体液を循環するマイクロRNAと比較して、RNA分解酵素による分解の影響を受けにくいために安定に存在することから、尿による非侵襲ながん診断を可能にする物質として期待されています。
尿による非侵襲ながん診断は夢のような診断法ですが、尿中の細胞外小胞体に内包されるマイクロRNAを用いたがん診断には大きな障壁があります。それは、尿中の細胞外小胞体は極めて低濃度である(< 0.01 vol%)ために、細胞外小胞体に内包されるマイクロRNAの検出が困難であるということです。最も一般的である超遠心法では、高速回転の遠心力により細胞外小胞体を沈殿させることで回収し、マイクロRNAを抽出・検出することで、尿中から200-300種類のマイクロRNAを確認したと報告されています。しかし、現在までに発見されているヒトのマイクロRNA種は2,000種類以上にも達しており、超遠心法の回収効率が低いために検出できていないということが考えられました。尿を用いたがん診断法の実現のためには、特定の組織由来のマイクロRNA種の検出が不可欠であり、これまでの超遠心法に代わる、尿中の極低濃度の細胞外小胞体を高効率に回収することができる新しい手法が必要になります。
我々は酸化物ナノワイヤ技術に着目して、尿中細胞外小胞体を高効率に回収し、内包されるマイクロRNAを抽出するナノワイヤデバイスを開発しました(図2)。ナノワイヤとは、半導体分野で研究されてきた、高い比表面積とアスペクト比を持つナノサイズの棒のような材料のことです。その構造的特徴を応用して、細胞の性質や細胞内内包物などの生体分析に関する研究が進められてきました[1,2]。ナノワイヤデバイスに尿を導入し、マイクロRNAを抽出・検出したところ、尿中から1,000種類にもおよぶマイクロRNA種の回収に成功しました。非がん患者と5種類のがん(膀胱がん、前立腺がん、肺がん、膵臓がん、肝臓がん)患者の尿をナノワイヤデバイスに導入し、抽出・検出されるマイクロRNAを比較すると、がん種ごとに検出される各マイクロRNA種の検出量の傾向が異なることが分かり、がん診断が可能であることが示唆されました[3]。
[2] Rahong, S.; Yasui, T.; Kaji, N.; Baba, Y., Recent developments in nanowires for bio-applications from molecular to cellular levels. Lab Chip 2016, 16, 1126-1138.
[3] T. Yasui, T. Yanagida, S. Ito, Y. Konakade, D. Takeshita, T. Naganawa, K. Nagashima, T. Shimada, N. Kaji, Y. Nakamura,I. A. Thiodorus, Y. He, S. Rahong, M. Kanai, H. Yukawa, T. Ochiya, T. Kawai and Y. Baba, Sci. Adv. 2017, 3, e1701133.