結晶中の原子配列の乱れを科学する

物質科学専攻 教授
松永 克志

われわれの身の回りを取り巻く金属、半導体、セラミックス等の材料は、日常の生活に便利さや快適さを与えてくれています。それらの材料の多くは、構成原子が規則的に配列した結晶性材料です。材料のもつ基本的な性質は、その規則的原子配列のもととなる基本構造(結晶構造)と構成原子の種類にもとづき大まかに理解できます。しかし、材料の端からまで原子配列の規則性が保たれているわけではなく、どこかしら規則性の乱れた領域が存在します。これを結晶欠陥といいます。「欠陥」という語呂から悪いイメージが浮かぶかもしれませんが、結晶欠陥は微量たりとも必ず材料中に存在しており、その存在によって結晶構造からは予測できない材料特性が発現することもあります。私たちの研究グループは、無機化合物における結晶欠陥に着目し、それに由来する材料特性や材料現象を研究することで、結晶欠陥にひそむ新しい材料科学を発掘しようと日々研究に取り組んでいます。

一例として、光触媒で重要な貴金属担持酸化チタンに関する研究成果を図1に示します。触媒材料は有害なガス成分を効率的に無害化するため、環境材料として工業的に極めて重要です。金属酸化物表面に白金などの貴金属原子を担持すると触媒材料特性が向上することが知られており、酸化物表面と貴金属原子との界面における相互作用が、触媒特性を決める重要な因子と考えられています。理論計算と電子顕微鏡観察による研究を行った結果、同じ貴金属原子であっても、金と白金とでは表面吸着サイトや吸着エネルギーが大きく異なり、その起源は、酸化チタン表面上の異なる種類の酸素空孔であることを突き止めました。これは、長年の表面科学研究の中でも、酸化チタン表面上の異なる種類の酸素空孔の存在を指摘した初めての研究成果であり、触媒材料科学や表面科学に一石を投じる結果です[1,2]。

また、図2は転位という結晶欠陥に関する最近の研究成果です。一般に、セラミックスや半導体として使われる無機化合物結晶は、室温付近で非常に脆く壊れやすいため、複雑な形状に加工することや、急激に大きな荷重がかかる部位に使用することが困難とされてきました。これに対し、今回の研究で用いた硫化亜鉛(ZnS)結晶は、通常の実験で用いられる光環境下で外力を加えると急激に破壊しますが、光のない環境(暗室)下では破壊せず大きく変形できることを見出しました[3]。従来から脆くて壊れやすいと考えられてきた結晶が、周囲を暗くするだけで非常に柔らかい性質をもつという、これまでの常識を覆す結果です。この原因を探るため、変形時の結晶内部の微細構造を観察したところ、暗室下での変形時には「転位」が結晶内に多数存在していました。転位は結晶の変形しやすさを決める線状の結晶欠陥です。金属材料が変形しやすく粘り強いのは、材料が外力を受けた時に、結晶内に転位が多数生成されかつ容易に移動できるためです。光のない環境では、これと同じ現象がZnS結晶にも起こっていることになります。将来的には、この研究成果を光制御による材料加工技術へ応用することも期待できます。

近年の電子顕微鏡観察の高分解能化や理論計算の高精度化によって、結晶欠陥の素性を電子・原子レベルで解明することが可能となってきました。材料には1023個という天文学的な数の原子が含まれる中で、その一部の原子配列の乱れに秘められた新しい科学とその可能性は、今後さらに広がっていくものと期待できます。

[1] T.Y. Chang, Y. Tanaka, R. Ishikawa, K. Toyoura, K. Matsunaga, Y. Ikuhara, N. Shibata, Nano Lett. 14 (2014) 134-138.
[2] K. Matsunaga, Y. Tanaka, K. Toyoura, A. Nakamura, Y. Ikuhara, N. Shibata, Phys. Rev. B 90 (2014) 195303.
[3] Y. Oshima, A. Nakamura, K. Matsunaga, Science 360 (2018) 772-774.

図1 酸化チタン表面上での白金原子吸着構造の電子顕微鏡観察およびDFT解析結果/同表面上の白金原子は、表面の非対称なサイトに吸着するという特徴的な挙動を示し、それはBasalサイトの酸素空孔の存在に起因することがわかった。一方、金原子はBridgeサイトでの酸素空孔に吸着する。

図2 硫化亜鉛結晶の示す暗室下での異常な塑性変形挙動/(A)変形前試料、(B)光環境下で急激に破壊した試料、(C)暗室下で大塑性変形した試料、(D)暗室下で変形した結晶の電子顕微鏡写真

研究紹介一覧に戻る