学術の知見を活用して次世代燃料電池を開発する

有機・高分子化学専攻 講師
野呂 篤史

工業で用いられる材料はその構成物質によって、金属、セラミックス、高分子の3つに大きく分類することができます。その中でも長鎖分子からなる高分子(ポリマー)は、金属やセラミックスなどの硬い無機材料とは異なって軽量であり、特にゴムやゲルと呼ばれる高分子材料は高分子固有の柔軟性や伸縮性を示すことから、タイヤ、衝撃吸収シート、芳香・消臭剤などとして身の周りでよく見かけます。

上記のゴムやゲルなどの柔らかい高分子材料に対し、私たちは、DNAやタンパク質中でもよく見られる水素結合やイオン結合などの弱い結合(非共有結合)を組み込み、その際にどのような特性を発現するのか、どのような挙動を示すのかについて、ミクロ的視点・マクロ的視点の両面から学術研究を進めてきました[1,2]。学術的に興味深い知見が得られると同時に、得られた知見の産業応用も可能かもしれない?とも考えるようになり、最近では企業との連携も積極的に進めています。

たとえば、究極のエコカーとして期待されている燃料電池自動車(FCV)の重要パーツである電解質膜の開発を、自動車メーカーとともに進めています。燃料電池では気体の水素をプラス電荷の水素イオン(プロトン)とし、このプロトンが電解質膜内を移動して気体の酸素と反応することで、生成物である水とともに電気エネルギーを生み出しています(図1)。プロトンが適切に移動しないと電気エネルギーを生じず、ゆえに燃料電池の性能は電解質膜のプロトン輸送能に大きく左右されています。現在、市販のFCVで利用されている電解質膜(従来膜)の素材はパーフルオロスルホン酸ポリマー(たとえばナフィオンⓇ)で、高出力を実現するには70~90℃において水蒸気で膜を加湿して高いプロトン輸送能(プロトン伝導率>100mS/cm)を実現しなければなりません。逆に加湿がなければプロトン伝導率はほぼ0mS/cmとなるため、燃料電池を作動(発電)させることはできませんでした。

膜としての自立性と無加湿下での高いプロトン伝導率を同時に実現するために、現在までに得てきた高分子材料設計の学術的知見を踏まえて、電解質膜の合成設計を根本から見直しました。比較的自由に動き回ることが可能な遊離プロトンを多く含む不揮発性の酸性液体(たとえば硫酸)を、塩基性官能基を有したポリマーの膜中に浸みこませる(複合化する)ことを考え、さらに膜形状を維持するようにポリマーに架橋も施すことで、新規素材からなる電解質膜を開発しました(図2)。従来膜とは違い、この膜では加湿がなくとも高いプロトン伝導率(95℃で140mS/cm、120℃で160mS/cm)を示し(図3)[3]、得られた成果は中日新聞や日刊工業新聞などでも取り上げられました。今後は電解質膜だけにとどまらず、無加湿下で高出力を実現する次世代燃料電池を開発すべく、さらなる研究を展開していきます。

[1]Noro, Atsushi; Tomita, Yusuke; Matsushita, Yushu; Thomas, Edwin L., "Enthalpy-Driven Swelling of Photonic Block Polymer Films." Macromolecules 2016, 49, 8971-8979.
[2]Hayashi, Mikihiro; Matsushima, Satoru; Noro, Atsushi; Matsushita, Yushu, "Mechanical Property Enhancement of ABA Block Copolymer-Based Elastomers by Incorporating Transient Cross-Links into Soft Middle Block." Macromolecules 2015, 48, 421-431.
[3] Kajita, Takato; Tanaka, Haruka; Noro, Atsushi; Matsushita, Yushu; Nakamura, Naoki, "Acidic liquid-swollen polymer membranes exhibiting anhydrous proton conductivity higher than 100 mS cm-1 at around 100 °C." Journal of Materials Chemistry A 2019, 7, 15585-15592. (Highlighted on Back Cover)
図1 FCVに搭載されている燃料電池の模式図。中央部が(高分子)電解質膜。

図1 FCVに搭載されている燃料電池の模式図。中央部が(高分子)電解質膜。

図2 産学連携により開発した、無加湿でも高プロトン伝導率を 示す燃料電池用電解質膜の分子スケールでの描像

図2 産学連携により開発した、無加湿でも高プロトン伝導率を示す燃料電池用電解質膜の分子スケールでの描像

図3 開発した電解質膜の外観と摂氏温度(もしくは絶対温度の逆数)に対する無加湿下で のプロトン伝導率σDC (mS/cm)。

図3 開発した電解質膜の外観と摂氏温度(もしくは絶対温度の逆数)に対する無加湿下でのプロトン伝導率σDC(mS/cm)。

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