電子とスピンの自由度をエレクトロニクスに利用したスピントロニクスの発展分野の一つとして、熱流とスピンの相関を取り扱う「スピンカロリトロニクス」とよばれる新しい研究領域が注目を集めています。同時に、来たるべきSociety 5.0社会に適合する環境発電への応用を見据え、既存の熱電変換に対し、スピンの概念を取り入れることにより、新しい熱電素子や冷却素子などの機能発現が期待されています。このような背景の中、私たちの研究室では、新概念の変換機能を持つエネルギー材料の実現を目指して、スピン流を介したエネルギー変換に関する学理を追求すると同時に、変換効率が高く経済性・耐久性にも優れたエネルギー材料の創成に取組み、将来の創エネ・省エネ社会の構築への貢献を目指しています。特に、熱とスピンの相互作用に関する物理を探究する、スピンカロリトロニクスの実験的・理論的研究や、熱流からスピン流を生成して、電力を得るための材料とデバイス開発などに精力的に取り組んできました。
これまでに、「異常ネルンスト効果」と呼ばれる古くから知られた熱磁気効果をナノスケールの強磁性体超構造に適用することにより、飛躍的に高い熱電変換効率を有する材料の創製を目指してきました。この効果は、自発磁化を有する強磁性体に熱勾配が付与された時に、磁化と熱勾配それぞれに垂直な方向に電圧が誘起される現象であり、私たちは、本効果が示す環境発電への高い応用性を提唱してきました(図1に概念図を示す)。具体的には、磁性ナノドットが連続的に配置された構造や、ナノポーラス構造のような磁性体/非磁性体連続構造を創製し、熱勾配を印加することにより電圧信号を取り出し、異常ネルンスト効果などの熱磁気特性を系統的に評価することで、熱電素子への応用の可能性を探索しました。例えば、図2に示すCoとMgOから構成されるナノポーラス構造では、ナノ構造の組織形態を調整することにより、異常ネルンスト効果の大きさの指標である異常ネルンスト角が増大することを明らかにしました。また、スピン波スピン流とよばれる角運動量の流れを励起することで異常ネルンスト効果が増大する現象や、同効果を電界で制御するなどの物理現象を上手に重畳させることにより、熱電変換性能を向上させ、実際の素子応用までを視野に入れた材料創成を行うことにも成功しました。
本研究により、現行のゼーベック素子を凌駕する性能や低コスト化を実現することができれば、非常にインパクトのある研究成果になることが予想されます。今後は、材料に強く依存する熱電変換効率を正確に見積もるとともに、高い熱電変換性能を有するナノ超構造の創製プロセスを確立することにより、実用的な応用への道筋をつけていきます。
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