自動車や航空宇宙機から電子機器に至るまで、機械を構成する部品の多くは、素材を加工して創製されます。その削り出しには、機械をつくる母なる機械「工作機械」を用います。加工後の素材は品質検査を経て部品となり、これらが組み立てられて製品になります。この機械製造技術は産業的競争力に直結するため極めて重要であることは言うまでもありません。
我が国においては、世界トップレベルの工作機械技術を保有しており、この産業基盤に依る優れた製造技術がものづくり産業の競争力を長年けん引してきました。近年は、ドイツのIndustrie 4.0に代表される国際的な戦略(我が国においてはSociety 5.0)によって、製造技術はパラダイムシフトとも呼べる進化を遂げつつあります。3Dプリンティングに代表される3次元積層造形技術や、IoT(モノのインターネット)を活用したデータ収集とAI活用が注目を浴びていますが、同時に高度なシミュレーション技術を活用するデジタル製造技術がこの技術革新の中核をなしています。
我々は、製造装置メーカーや電機・機械メーカーなどとの産学連携を通じて、デジタル製造技術の次世代を拓くシミュレーション技術の研究に取り組んでいます。例えば、切削加工という技術を取り上げます。すでに研究されつくされた分野だと思われるかもしれませんが、現実には、未知の現象や未解決の課題がまだまだ数多くあります。典型的には、びびり振動と呼ばれる不安定現象があげられます。加工プロセスと機械構造のダイナミクスが相互作用して生じるメカニズムが知られていますが、その解決は容易ではなく、生産効率に大きな制約を与えて経済的な不利益を引き起こしてしまいます。我々は、この現象を取り扱うことのできるびびり理論を構築し、不安定現象の応用的な回避・抑制技術を提案しています(図1)。研究成果を産業界において実装するには、様々な外乱に対するロバスト性が重要となります。提案技術の多くは条件変化などに依存しない高いロバスト性を発揮する特徴を持ちます。
さらに、シミュレーションモデルの精度を究極まで高めることで、究極の高精度シミュレーションを実現する技術の開発に取り組んでいます。これを実現することができれば、もはや実際に加工することなく結果を予想することができるようになります(図2)。一方で、精度の高いシミュレーションを実現するには、モデルだけでなくパラメータの精度にも注意を払う必要があります。これに対しては、加工中に計測される機械の内部情報に着目し、この逆解析を利用することで、実現象を反映する適切なパラメータを同定する技術を提案しています(図3)。逆解析によって得られる情報は、加工中に刻一刻と変化する状態(例えば工具摩耗や材料物性)を定量的に反映します。このような情報を利用することで、将来的にはシステムを最適化する新しいサイバーフィジカルシステム(CPS)技術を実現することができるかもしれません。今後も、デジタル製造技術の研究を通じて、未来のものづくりをけん引する次世代製造技術の実現を目指します。