X線と聞くと、病院のレントゲン撮影やX線CT、空港の手荷物検査、さらに、X線結晶構造解析、X線光電子分光、蛍光X線分析、X線吸収分光など研究者にはおなじみの分析法を思い浮かべるのではないでしょうか。X線は物質を調べるための重要なプローブですが、実のところこれを自由自在に制御することは大変に難しいことが知られています。なぜ難しいかというと、X線の波長は短いからであり、また、X線領域での屈折率は0.999995(Si、10keV)とほとんど1であるからです。X線からしてみると、物質も真空もほとんど大差がないということになります。そのため、X線を正しく屈折・反射させることは可視光にくらべて格段に難しいわけです。また、短波長であるため、光学素子上の作製誤差は意図しない散乱を容易に発生させます(波長以上の凹凸が散乱を生む)。レンズや鏡は可視光用のものを流用することはできず、また、X線専用の光学素子の開発も困難を極めるため、鏡やレンズを多用する高度なX線光学系の開発は世界を見渡してもほとんど実施されていません。高度なX線光学系を開発することができれば、X線分析やイメージングの更なる性能向上につながるため、この研究開発は必須です。
我々はより高度なX線光学系(例えば、X線ナノ集光システムや高分解能X線顕微鏡)を実現するために、高精度X線ミラーの開発を進めてきました。X線をミラーの表面すれすれに入射させると、高い反射率で反射させられるため、フラックス損失の少ない光学系を実現できます。一方で、鏡の作製には高い精度(作製誤差1nm)が要求され、そのせいでX線鏡の利用はなかなか進んでいませんでした。我々は、X線干渉計(X線を利用した回折格子ベースの干渉計)と精密形状修正法(マグネトロンスパッタ成膜を利用した成膜ベースの形状修正法)を用いることでこれを解決しました[1]。本手法を用いることで約λ/10(λ=1Å程度、ミラー上の作製誤差に換算するとÅレベルに相当)の波面精度を達成しました。開発した高精度X線ミラーを4枚組み合わせることでX線結像光学系を構築し、X線顕微鏡[2]やX線集光システム[1]を開発しました。前者の顕微鏡はSPring-8にて20nmの空間分解能を達成しました。後者はX線自由電子レーザー施設(SACLA)にて、高強度10nm集光ビームを実現し、本年度後半から一般利用されようとしています。また、最近では自由自在に高精度変形できる形状可変鏡の開発を行っています[3]。圧電素子の伸縮を利用し、鏡形状を精密に変形することができれば、X線を極限精度で制御可能です。現在、X線を5nmまで集光できるナノ集光システムの開発や、超高分解能X線顕微鏡の開発を進めています。
[1] S. Matsuyama, T. Inoue, J. Yamada, J. Kim, H. Yumoto, Y.Inubushi, T. Osaka, I. Inoue, T. Koyama, K. Tono, H. Ohashi,M. Yabashi, T. Ishikawa, and K. Yamauchi, "Nanofocusing of X-ray free-electron laser using wavefront-corrected multilayer focusing mirrors," Sci. Rep. 8, 17440 (2018).
[2] S. Matsuyama, S. Yasuda, J. Yamada, H. Okada, Y. Kohmura, M. Yabashi, T. Ishikawa, and K.Yamauchi, "50-nm-resolution full-field X-ray microscope without chromatic aberration using total-reflection imaging mirrors," Sci. Rep. 7, 46358 (2017).
[3] S. Matsuyama, H. Nakamori, T . Goto, T. Kimura, K. P.Khakurel, Y. Kohmura, Y. Sano, M. Yabashi, T. Ishikawa, Y.Nishino, and K. Yamauchi, "Nearly diffraction-limited X-ray focusing with variable-numerical-aperture focusing optical system based on four def ormable mirrors," Sci. Rep. 6,
24801 (2016).