近年の情報通信の急速な拡大に伴い、データセンターにおける電気と光信号の相互接続が課題となっており、シリコンフォトニクスによる光集積回路(PIC)の研究開発が進められています。シリコン上に集積された高速・省エネルギー・超小型の光変調器は、PICの重要な要素の一つであり、その実現は次世代の光量子コンピュータや光ニューロコンピュータの開発にも資する可能性があります。そのような光変調器の一つとして、強誘電体薄膜を用いたプラズモニック型の電気光学(electro-optic,EO)素子が注目されています[1]。
EO効果には、光吸収係数の変化と屈折率の変化によるものがありますが、強誘電体は後者の効果を示します。EO効果を示す材料として非線形光学ポリマーもありますが、無機の強誘電体には長期の信頼性の観点でアドバンテージがあります。強誘電体材料のなかでも、LiNbO3は比較的大きなEO係数を有し、大型で高品質な単結晶の育成が可能であることから、商用の光変調器に長年使用されてきました。しかし、シリコン上に高品質なLiNbO3薄膜を成長させることは難しく、薄膜EO素子は実用化されていません。また、他の強誘電体材料をシリコン上に薄膜化する試みもなされてきましたが、CMOSプロセスとの親和性やプロセスコストの観点で課題がありました。我々もJST戦略的国際共同研究プログラムで、強誘電体薄膜を用いたシリコン上のプラズモニック型EO素子の開発に取り組みましたが、ウエハーボンディングが必要になるなど、プロセスに課題が残りました。
そこで、我々は、2011年にBösckeらによって発見された、HfO2基強誘電体薄膜に着目しました。HfO2はCMOS用ゲート絶縁膜に使用されており、CMOSプロセスとの親和性が高い材料ですが、Bösckeらはドーパントの制御で準安定相の直方晶を安定化すると強誘電性が発現することを見出しました。我々は、HfO2基強誘電体薄膜がEO効果を示すかどうかを明らかにするために、RFマグネトロンスパッタリング法で酸化物単結晶基板上にエピタキシャル成長したY添加HfO2膜(図(a))を用いて、そのEO特性を評価しました。ここで話が少し脱線しますが、強誘電体のEO効果は電場による屈折率の変化を、測定光の位相変化で評価します。しかし、EO効果による屈折率の変化は僅か10-4程度であり、さらに薄膜では変調距離(≈膜厚)が極めて短いため、市販の評価装置がありません。そのため、ロックイン検出を利用した電界変調型エリプソメトリを研究室で独自構築(図(b))して、最小で50nmの薄膜のEO効果の評価を可能にしました[2]。
その結果、図(c)に示すように、Y添加HfO2膜が1次のEO効果(ポッケルス効果)を示すことが初めて明らかになりました[3]。現在のEO係数は0.5~0.7pm/Vと小さく、LiNb03(~20pm/V)はおろか、歪みシリコン(1.7pm/V)にも及びません。しかし、その理由の一つがY添加HfO2膜の不完全なポーリングであることが分かっており、完全なポーリング処理によって、歪みシリコンを超える2.2pm/Vの達成が期待できます(図(d))[4]。これに加え、今後はドーパントの制御によるEO係数の更なる向上と、シリコン上への集積化に取り組みたいと思っています。
[1] S. Abel et al. Nat. Mater. 18, 42-48 (2019).
[2] S. Kondo, T. Yamada, A. K. Tagantsev, P. Ma, J. Leuthold, P.Martelli, P. Boffi, M. Martinelli, M. Yoshino and T. Nagasaki,Appl. Phys. Lett. 115, 092901 (2019).
[3] S. Kondo, R. Shimura, T. Teranishi, A. Kishimoto, T. Nagasaki, H. Funakubo, and T. Yamada, Jpn. J. Appl. Phys. 60, 070905(2021).
[4] S. Kondo, R. Shimura, T. Teranishi, A. Kishimoto, T. Nagasaki, H. Funakubo, and T. Yamada, Jpn. J. Appl. Phys. 60, SFFB13(2021).