超高感度レーザー分光による放射性炭素・
微量同位体分子の分析とその応用

エネルギー理工学専攻 准教授
富田 英生
エネルギー理工学専攻 准教授 富田 英生

生体を構成する生元素である酸素・炭素・水素・窒素などは、大気や水圏の環境中や生体内をさまざまな化学形態で移動・循環しています。それらの動態を理解するために、炭素の安定同位体である12C(天然存在比 99%)と13C(1%)や酸素の安定同位体である16O(99.8%)、17O(0.04%)、18O(0.2%)の同位体分析が活用されてきました。一方、存在比の低い安定同位体(13C、17O、18O)によって複数置換された多重置換同位体分子を正確に分析することで、対象試料の生成過程や由来を明らかにすることができるため、注目が集まっています。また、生元素の同位体の中で、唯一の長半減期放射性核種(半減期:5730年)である放射性炭素同位体14C(10-12)もまた、環境・生体トレーサーとして利用されており、たとえば、有機資源中の14C存在比を測定することで、植物由来(現代炭素~天然同位体比)か化石燃料由来(天然同位体比以下)であるかを判別することができます。

これらの軽元素の安定同位体や高い感度が必要とされる14Cの分析においては、質量分析法が用いられてきました。しかし、質量分析では、測定対象と質量電荷比が同一となる夾雑物による干渉が避けられず、微量にしか存在しない多重置換同位体分子や14Cで置換された分子を高感度・迅速に分析することは容易ではありません。

近年、分子の赤外光吸収(波長)がそれを構成する同位体によって異なることを利用し、レーザー光吸収分光により同位体分子ごとに光吸収量を測定して同位体分子の分析を行う手法に注目が集まっています。特に、光共振器で感度を飛躍的に向上させたレーザー光吸収分光法であるキャビティーリングダウン分光法(CRDS)は、安定同位体分析に適用されて普及しており、放射性炭素同位体分析に対しては開発が進んでいます。

私たちはCRDSによる14C分析の普及にむけ、生体試料中の14C分析に特化したシステムの開発を行い、微量放射性炭素同位体分子(14C16O16O)の定量分析を実証するとともに、小動物を用いた薬物動態評価に有用であることを示しました[1]。また、そのための光源である中赤外量子カスケードレーザーと光共振器の光学的な結合を改善するために、光フィードバックを適用することで、天然同位体比以下の14C分析に適用できる見込みを得ました[2]。現在、本手法の実用化に向けて、分析装置メーカーと共同開発を進めています[3]。さらに、本原理に基づく多重置換同位体分子の分析や脱炭素社会を支える有機資源の分析・環境計測手法の開発を進めています。

[1] Volker Sonnenschein et al., Journal of AppliedPhysics, 124, 033101, (2018).
[2] Ryohei Terabayashi et al., Journal of AppliedPhysics, 132, 083102 (2022).
[3] 真野 和音ら、島津評論, 78, 255–264, (2021).

図1 光共振器を用いたレーザー光吸収分光による14CO2測定結果の一例(参考文献[2]より引用)

図1 光共振器を用いたレーザー光吸収分光による14CO2測定結果の一例(参考文献[2]より引用)

図3 レーザー光吸収分光に基づく14C分析装置のプロトタイプ(参考文献[3]より引用)

図3 レーザー光吸収分光に基づく14C分析装置のプロトタイプ(参考文献[3]より引用)

図2 14C標識トルブタミドを投与したラットから採集した尿・糞の14C量を測定し、投与薬剤の日間・累積の排泄率を評価した結果(赤:従来法である液体シンチレーションカウンティング法、黒:本手法)

図2 14C標識トルブタミドを投与したラットから採集した尿・糞の14C量を測定し、投与薬剤の日間・累積の排泄率を評価した結果(赤:従来法である液体シンチレーションカウンティング法、黒:本手法)

図3 レーザー光吸収分光に基づく14C分析装置のプロトタイプ(参考文献[3]より引用)

図3 レーザー光吸収分光に基づく14C分析装置のプロトタイプ(参考文献[3]より引用)

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