電子物性科学と吸着科学の融合を
目指した分子性結晶の開発

応用物質化学専攻 准教授
井口 弘章
応用物質化学専攻 准教授 井口 弘章

新しい機能を有する固体の開発は、古来より人類社会の発展に大きく寄与してきました。特に現代における電子機能の発展はめざましく、基礎科学や社会実装において多くのブレークスルーをもたらしてきました。高温超伝導や巨大磁気抵抗などはその最たる例でしょう。このような電子機能を探索し制御するには、固体の電子状態を自在に操る必要があります。しかし、原子よりも大きな体積をもつ分子を構成要素とする分子性結晶では、無機固体のような原子(イオン)の置換・欠損の導入は困難であり、電子状態を制御する手法は未だ確立されていません。一方で、固体への分子やイオンの吸脱着も古代エジプトの活性炭に始まる長い歴史を有する固体機能であり、現代においても不純物除去やガスの分離など、身近な生活から産業まで幅広く利用されています。特に最近は、ナノサイズの規則的空間を精密に設計できる分子性結晶として、金属イオンと有機配位子から組みあがる金属-有機構造体(MOF)の研究が世界的に進展しています。

我々は、MOFの多孔性骨格を利用することで、分子性結晶における電子状態制御が可能になると考えました。有機配位子の酸化還元による導電キャリアの発生を企図して定電流電解法を用いたところ、有機配位子のπ共役骨格が積層した分子性導体部位をMOF中に構築することに成功しました(図1)。分子性導体には、一定の温度や圧力で電子状態が変化し、金属から絶縁体に転移するといった急激な物性変化を示すものが知られています。したがって、ナノ空間への分子吸脱着によって分子性導体部位の分子積層構造に摂動を与えることで、電子状態や物性の変換が期待されます。実際に、図1に示したMOFでは、ナノ空間中の結晶溶媒分子の脱離により構造変化が起こり、室温電気伝導率が10000倍に増大することを見出しました[1]。また、大量合成も可能な化学的還元剤を用いた類縁体の合成にも成功しています[2]。しかしこれらのMOFは骨格が一次元であり、構造変化が非可逆である点が問題でした。電子状態や物性を自在に制御するには、結晶性を維持できる堅牢なMOF骨格の構築が必要です。最近、堅牢性の向上が期待される二次元や三次元の骨格においても同様に分子性導体部位を含むMOFの合成に成功し、さらには巨大な六角形型環状金属錯体(メタロマクロサイクル)の稠密集積によっても比較的堅牢な多孔質結晶を得ました(図2)[3]。

今後はMOF骨格を駆使した分子性導体の電子状態制御法を確立し、新奇な電子物性の探索に加えて、電子状態が分子吸脱着と強く相関したこれまでにない電子機能性MOFとして、新たな作用機序に基づく分子センサーや分子応答性電極材料への展開を進めていきます。これらの研究により、これまでほぼ独立に発展してきた固体の電子物性科学と吸着科学の融合を目指していきたいと考えています。

[1] L. Qu, H. Iguchi, S. Takaishi, F. Habib, C. F. Leong, D. M. D'Alessandro, T. Yoshida, H. Abe, E. Nishibori, M. Yamashita, J. Am. Chem. Soc. 141, 6802–6806 (2019).
[2] S. Koyama, T. Tanabe, S. Takaishi, M. Yamashita, H. Iguchi, Chem. Commun. 56, 13109–13112 (2020). Transl. Med. 2022;e10416. doi:10.1002/btm2.10416.
[3] M. Cui, R. Murase, Y. Shen, T. Sato, S. Koyama, K. Uchida, T. Tanabe, S. Takaishi, M. Yamashita, H. Iguchi, Chem. Sci. 13, 4902–4908 (2022).

図1  分子性導体部位を含むMOFの模式図(左)と結晶構造(右)

図1 分子性導体部位を含むMOFの模式図(左)と結晶構造(右)

図2  多孔性を有する導電性メタロマクロサイクルの結晶構造

図2 多孔性を有する導電性メタロマクロサイクルの結晶構造

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