日本は、2050年までに脱炭素社会を実現し、温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目標としています。エネルギー・環境問題の解決に向け、「カーボンニュートラル」を実現するために、再生可能エネルギーを活用して、さらには工場から出る二酸化炭素(CO2)を有効に使用することで削減する革新的な技術が必要です。再生可能エネルギーの中でも太陽エネルギーは最も豊富です。しかし、太陽エネルギーはエネルギー密度が低く、天候の影響を受けやすいという課題があります。
植物の光合成は、光のエネルギーを利用して水の酸化反応と二酸化炭素の還元反応を結びつけ、糖などを合成します。この反応を人工的に再現するのが「人工光合成」です。人工光合成の研究は長い間行われていますが、合成物質の利用方法を考えると、糖を合成する必要はないとされています。(1)
高効率かつ拡張性に優れた太陽光で駆動する人工光合成システムの開発は、ソーラー燃料の大量生産に向けた主要な課題です。研究開発の中で最も進んでいるのは、水を分解して水素を合成する系です。(2,3)私たちは、半導体粉末を基にした光触媒シートなど、新しいデバイスを設計・開発し、効率的なソーラー燃料の生産を目指しています。この光触媒シートは、太陽光照射下で水素と酸素の気泡を生成することができ、世界最高クラスの太陽光―水素変換効率1.1%を達成しました(図1)。(4)光触媒シートは面積を拡張できるという特性も備えています。実用化に向けて製造プロセスの研究を進め、「スクリーン印刷」による大量生産可能な塗布型シートの開発に成功しました(図2)。(5)
最近では、植物と同様にCO2と水を原料に用いて、炭素化合物を合成する研究が活発です。二酸化炭素を直接炭素化合物に変換する場合、太陽光エネルギーを使用して水分子の酸化反応を促進し、その結果として得られる電子と水素イオンをCO2と反応させ、炭素化合物(例:メタン、一酸化炭素、メタノール)を合成します。しかし、二酸化炭素は非常に安定しており、高エネルギーの化学種へ変換するのが難しいため、技術的ハードルが高い課題となっています。
半導体光触媒は、太陽光を吸収できますが、二酸化炭素を還元するのは困難です。一方、金属錯体触媒による二酸化炭素還元は、高い効率で行うことができます。私たちは、半導体と金属錯体触媒を組み合わせたハイブリッド型光触媒システムを開発し、二酸化炭素の効率的な還元を実現しました。(6)このハイブリッド型光触媒システムでは、金属錯体触媒の二酸化炭素還元能力と半導体の光吸収および水の酸化能力を組み合わせています。粉末光触媒を使用して、二酸化炭素からギ酸への選択的な還元に成功し、太陽光―ギ酸変換効率0.08%とほぼ100%の選択性を達成しました。
現在、私たちは、半導体粉末と細菌を融合した革新的なハイブリッド型光触媒システムを開発し、高効率な二酸化炭素の資源化を目指しています(図3)。(7)このシステムでは、特定の細菌を使用することで、二酸化炭素を効果的に固定し、副生成物を一切発生させずに生物学的変換による高い選択性でのCO2還元が可能です。さらに、細菌は自己複製や自己修復機能など、多くの利点を持っています。このハイブリッド型光触媒システムを用いることで、光触媒と細菌の特性を最大限に活かし、水とCO2から酢酸を効率的かつ選択的に合成することに成功しました。このシステムにより、太陽光を利用した酢酸への変換効率を0.7%まで向上させました。
光触媒を使用した大面積かつ低コストな人工光合成プロセスにより、太陽光と水、そして二酸化炭素からソーラー燃料を生成できることが実証されました。今後、高い太陽光エネルギー変換効率を持つ人工光合成システムの開発を進め、実用化を目指していきます。この人工光合成技術は、脱炭素化に貢献する可能性があります。
(1) Q. Wang, et al. Nature Energy 7, 13-24 (2022).
(2) Q. Wang & K. Domen. Chem. Rev. 120, 919-985 (2020)
(3) Q. Wang, et al. Nature Mater. 18, 827-832 (2019)
(4) Q. Wang, et al. Nature Mater. 15, 611-615 (2016)
(5) Q. Wang, et al. Joule 2, 2667-2680 (2018)
(6) Q. Wang, et al. Nature Energy 5, 703-710 (2020)
(7) Q. Wang, et al. Nature Catal. 5, 633-641 (2022)